①からの続き
スリランカの空の窓口であるバンダラナイケ国際空港に着いたのは、今朝の4時だった。
インド洋に浮かぶ南の島をイメージしていたので、もっと暑い熱気を肌で感じると予感していたが、
陽が昇る前だったせいか、東南アジアに降りったった時のような熱気は感じられなかった。
海外を一人で旅するのはこれで2度目だった。
初めて一人で旅をしたのは、1年前の大学最後の春休み。
それから僕は社会人になり、学生気分が抜けていないだの、ゆとり世代だの、個性がないだの、いろいろな大人にいろいろな事を言われながら、その生活にも慣れてゆき、1年と少しが経った。現実に嫌気がさして、海外に逃げてきたのでははなかった。なんでスリランカなの、と質問されるとどう答えたらよいかわからなかった。
ミュージシャンになんでそのメロディが浮かんだんですか、と尋ねても答えに困るだろう。
ただ、そのメロディがそのミュージシャンの頭の中から生まれたのは事実で、僕も僕の頭がスリランカを思い浮かべて、インチョン経由スリランカ行きのチケットを購入したのは間違いなかった。
南の島に行きたい、と思ったが、おそらく僕の中にある小学生の部分がそうさせた。小学生の頃、もはや何の教科だったかすら覚えていないが、教科書にスリランカの家族の1日の生活の話が載っていた。おそらく国語の教科書だろう。その家族のお父さんは朝5時に起きて、鉛筆の芯の材料になる黒鉛を掘る為に鉱山に出かける。月給は1万円強。1日3食がカレー。小学生の僕は果てしなく遠い国だと思った。そんな遠い国で採掘された黒鉛で覚えたての字を書きながら、いつかスリランカに行く事があるだろうか、とまるで空想の、フィクションの中をさまようかのように、心をわくわくさせながら、教科書に載っているそのお父さんの写真を眺めていた。
10日間の有給休暇をもらい、僕はまだ真新しさが残るバックパックを背負い、旅に出た。
入国手続きを済ませ、待ち合いゲートに出た瞬間、異国の地に降り立った事を足の裏で感じた。気温でも湿度のせいでもない熱を感知して、少し鳥肌がたつ。空の上ではよく眠れず、睡眠不足のせいでぼうっとしていた意識が覚醒し、高性能のオーディオの数あるつまみをすべてフルに回したかのように、五感が敏感になっている気がした。
両替所の前のベンチには人であふれていた。
すると、ゲートから同じく黒い布をまとった女性が大きな自分の背丈くらいはある立方体の段ボール箱をカートにひきながら現れた。隣の女性が立ち上がり、
その段ボール箱の女性に駆け寄った。すぐに数名が集まり、みんな抱き合って喜んでいた。
段ボールには”Refrigertor” という文字。黒い布をまとって、抱き合いながら喜ぶ女性たちの顔。
涙を流している者もいた。無機質に印字された冷蔵庫を意味する英単語と、イスラム教の象徴である黒い布から出す顔に流れる涙のギャップに、なぜか僕の鼓動は大きくなり興奮した。異国の地に踏み入れた、僕の心は高揚していた。
それからタクシーでコロンボのホテルに向かい、1時間ほどの仮眠をとった。
16時間後、同じベッドで意気消沈する事など、夢にも思わずに。街に出かけた。
続く